南郷 城跡。 日置市吹上町永吉の南郷城跡と六地蔵塔

吉田城の築城年代は不明ですが、阿蘇氏の重臣・吉田主水頭の居城と伝わります。 島津氏、伊東氏の争いが繰り返された。 2郭との間の堀切。 景色を眺めながらゆっくり過ごすのにぴったりのロケーション。 小型車なら、ここまで車で入ってくることも可能である。 丹波亀山城 藩名の亀山が、三重県の亀山と紛らわしいため、「亀岡」と改称されたのは明治2(1869)年6月のこと。 といっても、最初に登ってきた道も十分に運転に耐えうる道であったので、結局どちらのルートを通ったとしても、不安もなく山頂に着くことができるであろう。 阿蘇の戦い・阿蘇合戦とも呼ばれますが、この戦い、幼い主君が逃げていても阿蘇の家臣らの結束は揺るいでおらず、おもしろいですね。 南端付近の角にも、近世城郭のような角石が見られた。 虎口にも石垣が残っていますが、城域東側にも石垣があり、下段部が一番綺麗に残っていると思われる。
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この石碑は見覚えがありましたが、下草が茂っていて「明智光秀公築城」辺りまでしか読めなかったので、城跡碑では無いと勝手に思い込んでいました。 やりなおしてください。 下田城は「阿蘇下田城温泉駅」の西側の付近で、線路によって分断されているようですが、館跡と言う事でしょう。 石垣が美しいと聞いてますが見れなくて残念です。 少し散策してみると、お城の石垣と思われるものがいたるところに残っていて、歴史の趣を感じられる空間でした。
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